次にすすむ

hasselblad500C/M+Distagon50mm+Phase One P20+

ちょっと日向を歩くと、皮膚からにじみ出るように汗が出てくる。
腕の表面にうっすらと汗の膜がはっていくような、そんな変な感じ。運動をしていてぽたぽたと滴り
落ちる心地よい汗ではなくて、もわーっとわきでてくるような気持ちの悪い汗。タオルで拭いても拭
いても表面がまたすぐにじわっとしてくる。
蒸し暑い。。。ひたすら、ひたすら蒸し暑い。
それでも日が落ちるにしたがって、蝉の声は弱まり、秋の虫が草むらで一斉に鳴き出す。耳をすまし
ているとたくさんの会話がこぼれ出てくるようでとても気持ちがよい。虫たちの邪魔をしないように
路地に入る時もそっとそっと忍び足で入っていく。そうすると左右からさわさわという風の音ととも
に虫たちの楽しげな語らいが続いて、あくせくしている日々から少し離れた自分を感じることができ
る。
草むらも秋への準備が着々とすすんでいて、猫じゃらしやカヤツリグサといった雑草も、夏の鮮やか
な黄緑からすこしずつ色あせて穏やかな色になってきている。
6月あたりから花をつけはじめ、夏の初めに第一弾が終わり、二回目の満開をむかえたサルスベリも
くしゅくしゅした花が秋の風にのって散り始めた。
柿もしらないうちに青い実をたくさんつけて、これからいよいよ木々は葉を染め、赤や橙の実をたく
さんつける楽しい季節がやってくる。
今日の空の色は少しけぶっている。
雲も柔らかくなって、夏のさすような青と目に痛い白い雲ではなく次の季節へと足を踏み入れたこと
を知らせてくれている。

静かな時間

leica x1

私は意外と人見知りだ。
というとみんなに笑われる。
あれだけ初対面の人とでも話ができて、楽しそうにしていて何が人見知りなの?って。
でもね、人見知りなんだよ、本当は。
黙っている時間、静かな時間が怖くて、ひたすらしゃべってしまう。
頭の中で反芻する暇もなく、とりあえず思ったことが口から出てしまう。
よいのか 悪いのかわからないけれどこれはずっと治りそうもない。
学生時代の友人、距離の近い人だとこれが逆に静かな、しゃべらない時間が増えてくる。
なーんにもしゃべらないで、だまーって時を過ごしていく。
そういうものじゃないかな?もちろんきゃーきゃーと話をしていてテンションがあがる時もあるけれど、黙って
いても苦にならないし、話題がつきたから「じゃあ 帰りましょ!」という風にもならない。
何を考えてるの? って 何も考えてない。
回りの音も聴こえてくる そう 聞く じゃなくて 聴こえる
ものも目に入るだけで 見ている わけじゃない。
安心して 無防備で 子どもの頃のように何の思惑もはさまない時間を過ごすことができる。
似た物同士の友達が多いから用もないのに急にあいたくなったり、電話したりする。
一言 声を聞くと う〜〜ん別に用はないのだけど ってお互いになってしまう。
それで何となくお茶飲んでケーキ食べて 気がつけばたいした話もせずに3−4時間が過ぎている。
なんだかもやもやとした心持ちが、静かな時間を過ごすことですーっと消えて、次に会うまでのパワーとなっ
て充電されていく。
ただただぼんやりと、のんびりと 弛緩して時間を過ごしていく。
そんな時間を過ごしていると 幸せだな と感じる。
幸せってどんな感じなんだろう と思ってもうまく言葉で表現できない。
無意味そうに見える時間を共に持つことをもったいないと思わずに、逆に充足感や満足感をもたらしてくれる、
社会的には意味がなくても、個人的にお互いに意味のある時間だととらえられる。
そういう時間に身を置いている満ち足りた状態を「幸せ」という言葉におきかえているのかもしれない。

からみつく

hasselblad500C/M+Distagon50mm+Phase One P25

どこからともなくいい香りがしてくる。
ジャスミンよりもう少し柔らかな、息の長い感じのかおり。
きょろきょろと見回したら、ツルがにょきにょきと飛び出していた。
定家葛(ていかかずら)だ。夏の暑さを超えて葉は力強い濃い緑色をした厚手のものになっていた。
春先にみかけたときは、若葉と薄黄色の花芯とはなびらがゆらゆらとしていたのに、夏の終わりに見
るとずいぶんと強くお日様をもとめて上へ上へへと伸びている。
藤原定家は式子内親王への想いが彼女の死後も断ち切れずいた。そしてそんな定家の想いが葛となっ
て内親王のお墓にからみついていた、といった由来で名付けられている。
私はてっきり内親王の想いが葛となって、定家の墓にからみついていたのだと思い込んでいたらその
逆だった。オトコの想いが葛になって絡み付くというのは、女の想いよりもっときりきりと強く絡み
付いていそうで、これはちょっと怖い。
想いが葛となってからみつくほどの愛を持っているヒトはたくさんいるだろう。でも大抵のヒトはき
りきりと絡み付くことなく、その想いをうまくそらしていくのだろうね。
自分の気持ちに嘘をつく必要はないだろうけれど、真っ正直にぶつけすぎるのも考えもの、そんなこ
とをこの葛は伝えたかったのだろうか。
それにしても香りは柔らかく、そんな強い執着が込められている花とは思えないけれど、やはり日本
の花にしてはかなり香りがきついからそんな風な言い伝えになったのかもしれないね。
電車の中での香りは控えめに。
ふと そんなことをこの由来と香りから思った。

ねぇ、ねぇったらぁ!

hasselblad500C/M+Distagon50mm+Phase One P25

山にいる。
どこだろう。
みたことのある景色。
北アルプスかもしれない。
そうだ、高校の夏合宿で行ったところだ。
斜面の下に山小屋があって、そう午後もうすぐで山小屋というときに雷雲がわいてきて
ひやっとした、あの斜面だ。
斜面の下に私はいる。
どうやら明け方。
薄暗い中、なんで外にいるのかわからないけれど、凄く寒い。
うわぁ なんて寒いんだろうと目をこらして斜面をみつめていると、上のほうからどんどんと霧がおりてくる。
青白い世界が徐々に白くなっていく。
このまま霧が降りて来たら、体が濡れて、寒さで死ぬ。。。
一緒にいるのは誰だろう。カメラを持っているみたいだ。
こんなに寒いのに 霧をおさめようとしているのだろうか。
ハッセル?ローライ?上から覗き込んでいるから、顔がわからない。
後ろからシャツをひっぱりながら、呼んでみる。
ねぇ ねぇったらぁ 死んじゃうよ どうしよう!
肩を両手で抱くようにしてまるまった。
自分の手のぬくもりを感じて目が覚めた。
かけていたはずの布団から体が全部でて、エアコンの風を受け冷たくなっていた。

If you missed me,

hasselblad500C/M+Distagon50mm+Phase One P25

twitterをやっている。(IDはhanaphotography http://twitter.com/hanaphotography )
BillCosbyをフォローしているのだけれど、彼のつぶやきに時折
”If you missed me on the @TodayShow this morning, you can watch it here: ”
というのが出てくる。
身損ねた というだけでなくて、会いたかったのに会えなくて寂しいよねみたいな気持ちも入ってい
るようで、なんだか気に入っている。
日本語だとどうなるのかしらね。今の子ならさしずめ涙の絵文字なんて入れて
あぃたぃ><
なんて書くのかしらね。もう絵文字は古くさいのかな。
日本語の文章だけで会えなくて寂しくて会いたくて なんて伝えようとしたときに、当てはまる一つ
の単語はあるのかな。日本人は一言でそういうことを表現しないし、そういう気持ちはあまり外に出
すという習慣もなさそうだから、もう少し長く書かないと意味が通じないのかもしれない。
お目文字叶わず
なんていう言い方もある。でもメールで横書きでこんな文章書いたらもらった相手はさぞびっくりで
しょうね。いったい何時代?と。
母達は巻き紙に墨で手紙を書いていた。書き終わったものを見ながら、この字はなに?これは?と聞
きながら万葉仮名を読みほどいていく時間が好きで楽しんでいた。書き進んでいるうちに、失敗した
りするとすーっとそこから切って、裏にのりを付けて次の紙に継いでまた書き進んでいく。1カ所な
らいいけれど、何カ所も間違えるとつぎはぎだらけになるから、母が筆を持つと回りで息を詰めていた。
女文字といわれるが、私はゆらゆらとしながらも芯の通った仮名文字が好きだ。
そんな仮名文字で
「おめもじかなわず」
と書いたらさぞ素敵だろうな。
意味がわからなくても墨が濃いところ、かすれているところのリズムが気持ちよい。字の散らし方が
まるで構図のようでポイントを置く場所、抜く場所。表現方法は違っても視覚に訴えていくという意
味では写真とも共通点がありそうで面白い。

涙あふれる

hasselblad500C/M+Distagon50mm+Phase One P25

なんだろうね。
夕食の支度をしているとき、お花に水をあげているとき、なんということもない日常の作業をしてい
るときにやってくる。突然 何の前触れもなしに。ぐわーっと急激に涙腺が壊れそうになる。
どうしたの、何なの、と 自分で自分に驚いて。
膝をかかえて大声出して泣きたい衝動の波がどんどん押し寄せてくる。
どうしようもなく、理由もなく。
手放しで小さい頃みたいに、足をばたばたさせて、しがみついてわんわんと大泣きしたくなる。
不安も不満も取り立ててあるわけじゃない。普通に、多分多くの人が感じてる程度の小さな問題をい
くつか抱えている程度。そんなことぐらいで大泣きするとも思えない。
いったいなんでこんなに心が破れそうに、崩れそうに悲しくなるのだろう。なんでだろう、なんでだ
ろうと繰り返してつぶやきながら、ぼーっと焦点をはずして世界をみてみる。現実とちょっと違うと
ころにいるみたいで、回りの音からも遮断されて一人で一瞬悲しい涙の世界に身を沈めてみる。一瞬
だけ。すぐまた現実に戻る。何度か繰り返しているうちに心が落ち着いてくる。
そしてそっとお風呂で、あるいは家族が寝静まってから一人ほろほろと泣く。
涙と一緒に一枚ずつよくわからなかった悲しみが流れていくようで、涙の衝動の波がすこしずつ弱
まって、潮がひいていくように、砂にしみこむように すーっと消えていく。
新陳代謝の一つ、心の脱皮みたいなものなのかな。
それにしてもしがみついて泣く という子どもの特権がうらやましくなる。

ゆるゆる ゆらゆら

hasselblad500C/M+Distagon50mm+Phase One P25

ベランダから巻き付きそびれた朝顔がゆらりゆらりと顔を出している。
午後の日差しと 少し秋の香りのする風にゆらりゆらりと揺れている。
じっとみつめていると、生きているかのように息を吸ったり吐いたりしているように風が動く。ふっ
とあちら側へ風がいったかと思うと、ちょっと止まる。そして今度はこちら側へふわーっと風がくる。
こちら側とあちら側を行き来しつつ、朝顔もその風に乗ってゆらりゆらりとどちらへ行くでもなく揺
れ続けている。
バランスがくずれて ふわーっとあちら側へ風が吹いたら朝顔はぷちっと切れて飛んで行ってしまう
のかな。ゆるゆると一見柔らかそうに見える朝顔のツルと茎は、きっと強い風で折れてしまいそうに
なっても、ゆるゆるとその風に身を任せる事で、風を受け流していくのだろうな。
しゃきっと強くまっすぐに立っているものは以外と予想外の風が吹くとポッキリと折れてしまうこと
がある。ゆらゆらと頼りなげに生きている草のほうが、思いがけない風にあっても風に体をまかせる
ことで折れずにしっかりと残っている。
がっちりと自分を固めて、自分のイメージから外れないようにまっすぐまっすぐ生きていくとこんな
思いがけない風が吹いてくると、どうしたらいいのかわからなくなってしまってぽっきりと折れてし
まう。
人生も思いがけない出来事を楽しむくらいの余裕のある、ゆるゆるとした雑草みたいな伸び方をした
いなぁと、してほしいなぁと思う今日このごろ。


iTunes Session / mmclub
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☆★☆ その1 ☆★☆ → http://olympus-imaging.jp/event_campaign/event/photo_exhibition/100729_sanpo/
 「デジカメ散歩」写真展 ~PEN で撮るクリエイターの視線~
春先にBSジャパンで放映された「デジカメ散歩」から12名の写真家の作品が展示されます。
ハービー・山口/hana/内田ユキオ/山岸 伸/藤田一咲/野村恵子/
土屋勝義/小林紀晴/渡部さとる/石川弘樹/清水哲朗/織作峰子 生徒役 大櫛エリカ
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大阪オリンパスギャラリー:2010年9月2日(木)~9月15日(水)
午前10:00~午後6:00(最終日 午後3:00まで)
☆★☆ その2 ☆★☆ → http://tv-tokyoshop.jp/item/index.php?no=1859
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ころころこころ

hasselblad500C/M+Distagon50mm+Phase One P25

私の行動半径はとても狭いみたいだ。
阿佐ヶ谷 阿佐ヶ谷といっても いまだに道に迷うほど。
本にもかいているけれど、小学校の学区域すらカバーしていないほど。小学校から自分の家、そして
その近辺だけをぐるぐると歩いている感じ。
だからカメラを持って近所を歩いていてもおおよその方向はわかるものの、時折 あれ?こんな道
あったんだ、と思うことがある。車も通れないような細い道だから、昔からあるはずの道。
カメラを持って歩くことで、行動半径こそ変わらないものの、その中で毛細血管のような細い道まで
もなめるように歩くようになった。
今日だって、ふいに角の家が取り壊され更地になったまま夏を超えたところに出た。道にまで雑草が
生い茂って、春先にはタンポポが咲き乱れていたその細い路地に入る事すらできなくなっていた。
ころころと道に転がっていた実。
ころころともう少しころがっていくのか、子供たちが蹴っ飛ばして遠くまで運ばれて行くのか。
それでもきっと この実と私の行動半径は似たようなものだと思うとなんだか愛おしさが増す。
出かける範囲が狭いなら、せめて心、精神は広く広くしていたい。
一つの事に没頭すると、気がつかないうちにものすごく狭い世界の重箱の隅をつつくような生活に
なってしまう。細かい部分を追い求めて行く事も大切だし、必要なことだとは思うけれど。
時折 小さく丸めて硬くなった身体をうんと伸ばして、少し遠くの、一見関係なさそうなものごとに
目を向けてみよう。興味の異なる違う世界で生きている人と関わりを持ってみる事も大切だと思う。
一度体を伸ばしてみると、また小さく体を丸めても無理が少なく柔らかくまんまるになれる気がする。

秋の足音

GRDⅢ

阿佐ヶ谷の七夕が終わった。
今日の21時まで。
21時がすぎると 笹飾り、くす玉、張りぼて
一斉におろされ回収されていく。
七夕期間中に立秋がやってくる。
節の変わり目。
だから毎年期間中の一日は天気が崩れるのだそうだ。
今年もそれに違わず雨が降った。
七夕が終わると、商店はようやくお盆休みとなり、
人出も減り、一気に秋が近づいてくる。
去年も七夕まつりの最後の日に、同じような事を思った。
あ〜夏が終わって、秋がくると。
去年はハワイの本の出版とそれに伴って個展の準備をしていた。
1年前のこと、遥か昔のことのように愛おしく、懐かしく、抱きしめたい時間に感じられる。
今年はもう少しのんびりと「撮る」「集める」に特化した秋にしたいなぁ。

隙だらけの人生

polaroidデジタルカメラPOGO

1年ほど前にアトリエの裏庭に残っていたドライ紫陽花。
出窓に置いていたら どんどんいい感じに褪せていく。
隙のない構図の写真って何だろうか と時折思う。
誰が見ても心地より配置というものが果たしてあるのかしら。
人それぞれ 思いがけないところに 思いがけない物があったりするから
面白いような気もする。
全て計算し尽くされ、共感をよぶように作られている世界というのもあるだろう。
それはそれで一つの世界だから面白いとも思う。
でも 生き方までも一分の隙もない生き方だったら面白くないよね。
計算し尽くされ、しっかりとレールが先の先まで敷かれていて、
それが乱れないよう、乱されないよう細心の注意を払って生きていく。
できないや。
やっぱり人生隙だらけ
そんなほうがちょっとわくわくする気がする。