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山にいる。 どこだろう。 みたことのある景色。 北アルプスかもしれない。 そうだ、高校の夏合宿で行ったところだ。 斜面の下に山小屋があって、そう午後もうすぐで山小屋というときに雷雲がわいてきて ひやっとした、あの斜面だ。 斜面の下に私はいる。 どうやら明け方。 薄暗い中、なんで外にいるのかわからないけれど、凄く寒い。 うわぁ なんて寒いんだろうと目をこらして斜面をみつめていると、上のほうからどんどんと霧がおりてくる。 青白い世界が徐々に白くなっていく。 このまま霧が降りて来たら、体が濡れて、寒さで死ぬ。。。 一緒にいるのは誰だろう。カメラを持っているみたいだ。 こんなに寒いのに 霧をおさめようとしているのだろうか。 ハッセル?ローライ?上から覗き込んでいるから、顔がわからない。 後ろからシャツをひっぱりながら、呼んでみる。 ねぇ ねぇったらぁ 死んじゃうよ どうしよう! 肩を両手で抱くようにしてまるまった。 自分の手のぬくもりを感じて目が覚めた。 かけていたはずの布団から体が全部でて、エアコンの風を受け冷たくなっていた。 |
twitterをやっている。(IDはhanaphotography (Click!) ) BillCosbyをフォローしているのだけれど、彼のつぶやきに時折 ”If you missed me on the @TodayShow this morning, you can watch it here: ” というのが出てくる。 身損ねた というだけでなくて、会いたかったのに会えなくて寂しいよねみたいな気持ちも入ってい るようで、なんだか気に入っている。 日本語だとどうなるのかしらね。今の子ならさしずめ涙の絵文字なんて入れて あぃたぃ>< なんて書くのかしらね。もう絵文字は古くさいのかな。 日本語の文章だけで会えなくて寂しくて会いたくて なんて伝えようとしたときに、当てはまる一つ の単語はあるのかな。日本人は一言でそういうことを表現しないし、そういう気持ちはあまり外に出 すという習慣もなさそうだから、もう少し長く書かないと意味が通じないのかもしれない。 お目文字叶わず なんていう言い方もある。でもメールで横書きでこんな文章書いたらもらった相手はさぞびっくりで しょうね。いったい何時代?と。 母達は巻き紙に墨で手紙を書いていた。書き終わったものを見ながら、この字はなに?これは?と聞 きながら万葉仮名を読みほどいていく時間が好きで楽しんでいた。書き進んでいるうちに、失敗した りするとすーっとそこから切って、裏にのりを付けて次の紙に継いでまた書き進んでいく。1カ所な らいいけれど、何カ所も間違えるとつぎはぎだらけになるから、母が筆を持つと回りで息を詰めていた。 女文字といわれるが、私はゆらゆらとしながらも芯の通った仮名文字が好きだ。 そんな仮名文字で 「おめもじかなわず」 と書いたらさぞ素敵だろうな。 意味がわからなくても墨が濃いところ、かすれているところのリズムが気持ちよい。字の散らし方が まるで構図のようでポイントを置く場所、抜く場所。表現方法は違っても視覚に訴えていくという意 味では写真とも共通点がありそうで面白い。 |
なんだろうね。 夕食の支度をしているとき、お花に水をあげているとき、なんということもない日常の作業をしてい るときにやってくる。突然 何の前触れもなしに。ぐわーっと急激に涙腺が壊れそうになる。 どうしたの、何なの、と 自分で自分に驚いて。 膝をかかえて大声出して泣きたい衝動の波がどんどん押し寄せてくる。 どうしようもなく、理由もなく。 手放しで小さい頃みたいに、足をばたばたさせて、しがみついてわんわんと大泣きしたくなる。 不安も不満も取り立ててあるわけじゃない。普通に、多分多くの人が感じてる程度の小さな問題をい くつか抱えている程度。そんなことぐらいで大泣きするとも思えない。 いったいなんでこんなに心が破れそうに、崩れそうに悲しくなるのだろう。なんでだろう、なんでだ ろうと繰り返してつぶやきながら、ぼーっと焦点をはずして世界をみてみる。現実とちょっと違うと ころにいるみたいで、回りの音からも遮断されて一人で一瞬悲しい涙の世界に身を沈めてみる。一瞬 だけ。すぐまた現実に戻る。何度か繰り返しているうちに心が落ち着いてくる。 そしてそっとお風呂で、あるいは家族が寝静まってから一人ほろほろと泣く。 涙と一緒に一枚ずつよくわからなかった悲しみが流れていくようで、涙の衝動の波がすこしずつ弱 まって、潮がひいていくように、砂にしみこむように すーっと消えていく。 新陳代謝の一つ、心の脱皮みたいなものなのかな。 それにしてもしがみついて泣く という子どもの特権がうらやましくなる。 |
ベランダから巻き付きそびれた朝顔がゆらりゆらりと顔を出している。 午後の日差しと 少し秋の香りのする風にゆらりゆらりと揺れている。 じっとみつめていると、生きているかのように息を吸ったり吐いたりしているように風が動く。ふっ とあちら側へ風がいったかと思うと、ちょっと止まる。そして今度はこちら側へふわーっと風がくる。 こちら側とあちら側を行き来しつつ、朝顔もその風に乗ってゆらりゆらりとどちらへ行くでもなく揺 れ続けている。 バランスがくずれて ふわーっとあちら側へ風が吹いたら朝顔はぷちっと切れて飛んで行ってしまう のかな。ゆるゆると一見柔らかそうに見える朝顔のツルと茎は、きっと強い風で折れてしまいそうに なっても、ゆるゆるとその風に身を任せる事で、風を受け流していくのだろうな。 しゃきっと強くまっすぐに立っているものは以外と予想外の風が吹くとポッキリと折れてしまうこと がある。ゆらゆらと頼りなげに生きている草のほうが、思いがけない風にあっても風に体をまかせる ことで折れずにしっかりと残っている。 がっちりと自分を固めて、自分のイメージから外れないようにまっすぐまっすぐ生きていくとこんな 思いがけない風が吹いてくると、どうしたらいいのかわからなくなってしまってぽっきりと折れてし まう。 人生も思いがけない出来事を楽しむくらいの余裕のある、ゆるゆるとした雑草みたいな伸び方をした いなぁと、してほしいなぁと思う今日このごろ。 エイ出版社より「hanaの東京ご近所写真散歩」好評発売中! (Click!) エイ出版社より「ハワイ写真さんぽ」好評発売中! (Click!) 月2回 金曜日13:00-16:00 hana写真のおけいこ (Click!) ☆★☆ その1 ☆★☆ → (Click!) 「デジカメ散歩」写真展 ~PEN で撮るクリエイターの視線~ 春先にBSジャパンで放映された「デジカメ散歩」から12名の写真家の作品が展示されます。 ハービー・山口/hana/内田ユキオ/山岸 伸/藤田一咲/野村恵子/ 土屋勝義/小林紀晴/渡部さとる/石川弘樹/清水哲朗/織作峰子 生徒役 大櫛エリカ 東京オリンパスギャラリー:2010年8月16日(月)~8月18日(水) 大阪オリンパスギャラリー:2010年9月2日(木)~9月15日(水) 午前10:00~午後6:00(最終日 午後3:00まで) ☆★☆ その2 ☆★☆ → (Click!) 上記の展示とあいまって、番組がDVD化されて発売されました。 見逃してしまった方、ダイジェスト?ではあるけれど12名分が120分でご覧になれます! ぜひどうぞ。ポストカード12名分もおまけについてくるらしいです! ☆★☆ その3 ☆★☆ → (Click!) GRDのカスタマイズ やってみませんか? 表裏2色使いのストラップもかわいいですよ。 |
私の行動半径はとても狭いみたいだ。 阿佐ヶ谷 阿佐ヶ谷といっても いまだに道に迷うほど。 本にもかいているけれど、小学校の学区域すらカバーしていないほど。小学校から自分の家、そして その近辺だけをぐるぐると歩いている感じ。 だからカメラを持って近所を歩いていてもおおよその方向はわかるものの、時折 あれ?こんな道 あったんだ、と思うことがある。車も通れないような細い道だから、昔からあるはずの道。 カメラを持って歩くことで、行動半径こそ変わらないものの、その中で毛細血管のような細い道まで もなめるように歩くようになった。 今日だって、ふいに角の家が取り壊され更地になったまま夏を超えたところに出た。道にまで雑草が 生い茂って、春先にはタンポポが咲き乱れていたその細い路地に入る事すらできなくなっていた。 ころころと道に転がっていた実。 ころころともう少しころがっていくのか、子供たちが蹴っ飛ばして遠くまで運ばれて行くのか。 それでもきっと この実と私の行動半径は似たようなものだと思うとなんだか愛おしさが増す。 出かける範囲が狭いなら、せめて心、精神は広く広くしていたい。 一つの事に没頭すると、気がつかないうちにものすごく狭い世界の重箱の隅をつつくような生活に なってしまう。細かい部分を追い求めて行く事も大切だし、必要なことだとは思うけれど。 時折 小さく丸めて硬くなった身体をうんと伸ばして、少し遠くの、一見関係なさそうなものごとに 目を向けてみよう。興味の異なる違う世界で生きている人と関わりを持ってみる事も大切だと思う。 一度体を伸ばしてみると、また小さく体を丸めても無理が少なく柔らかくまんまるになれる気がする。 |
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